2018年度 明治維新の歴史社会学 (早稲田大学エクステンションセンター・中野校)

授業内容

この授業では、明治維新を社会学的な観点から考察します。通常は明治維新は歴史学の観点から考察されています。歴史学と社会学、あるいは広くは社会科学の観点はどのように異なるでしょう。それは簡単に言えば、記述と説明の相違です。
記述とは、現実に生じた具体的な出来事がどのようなものであったか(how)を述べることであり、それに対して説明とは、出来事がどうして(why)生じたか、その原因を考えることです。
この二つの考え方はどちらがよいというものではなく、共に有意味で役に立つものです。その相違は、たとえば分子生物学と、複雑性科学の一部の研究者が行っている理論生物学の相違と同じです。分子生物学者は細胞の中でどのような分子(主としてタンパク質)がどのような働きをしているかを調べて記述します。つまり分子生物学は「どのように how」についての記述的な学問であり、それはとても成功しています。しかし分子生物学は「生物というものはどうしてwhy 存在しているのだろう?」という問いには答えません。この「どうして」という答えに答えるのが「説明」という考え方であり、説明は「理論」によって行われます。そもそも生物というものがどうして存在するのか、という問いに答えようとするのが、理論生物学です。
同様に、歴史学は明治維新の過程の中で、どのような出来事が具体的に生じたのか、というhow の疑問に答えますが、明治維新はどうしてwhy 起こったのか、という質問には答えません。それは歴史学は理論ではないからです。
この区別をきちんとしないと、明治維新について次のような考え方が成り立ちます。

「日本の周辺に徐々に外国、特に西欧の人びとが訪れるようになり、海防論が盛んになっていたが、いよいよ1853年にアメリカのペリーの軍艦隊が来訪し、通商を要求した。このために国内では大騒動になった。初めに考えられたのは伝統の鎖国を維持する攘夷であった。だが薩摩藩と長州藩がじっさいに戦闘を行ってみると、西欧の近代的な武器には歯が立たないことが分かった。そこで開国の方針に転じ、身分制度、藩制度などの封建制度を廃止し、西欧の制度を取り入れて近代化を果たしたのである。この過程で主役を演じたのが維新の志士と呼ばれる下級武士であった。」

これはほとんどの人が受け入れている考え方ではないでしょうか。しかし社会学の観点からすれば、この考え方は実に杜撰なものであり、受け入れられるものではありません。この授業では、明治維新が生じた原因を、理論にもとづいて追及します。理論といっても多種多様です。この授業では私の著書、『社会秩序の起源 − 「なる」ことの論理』(2017年、新曜社)で示した、社会学の複雑性理論を応用します。



日程

10/02 明治維新をどのように理解するか 常識的な明治維新論を批判的に検討する。事実の羅列では歴史的な意味が明らかになりません。
10/09 社会学における複雑性理論と近代性の理論 明治維新は日本における近代化の過程と考えられます。それを分析するための、社会学における複雑性理論と近代性の理論を紹介します。
10/16 武士の思想構造 明治維新の担い手である武士の考え方の論理。
10/23 荻生徂徠と「する」論理 日本における内在的な近代化の出発点の一つとしての徂徠学を紹介します。
11/30 「私的世界」の誕生−日本における個人の概念の発展を国学において位置づけます。
11/06
学校の誕生 近世における教育制度の発展と進化。
11/13 国体の概念 水戸学によって提唱された国体の概念について。
11/20 江戸幕府の崩壊 幕府はいかにして崩壊したか。娯楽ドラマでは理解できない、幕府崩壊の過程を理論的に説明します。